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ここにあげた作品のほかに、レンタルビデオ用映画や16ミリ作品もありますが、ここでは劇場用映画作品だけを紹介しています。
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『純』
1978年 工藝舎
監督:横山博人 製作:手嶋茂喜 プロデューサー:中島貞夫・呉徳寿・松本廣
撮影:高田昭 編集:浦岡敬一 録音:本田孜 音楽:一柳慧 照明:山田和夫 製作担当:中村賢一
出演:江藤潤・朝加真由美・江波杏子・大滝秀治 他
’79カンヌ映画祭批評家週間オープニング上映作品 ’79ロンドン映画祭招待作品 ’80FILMEX(ロスアンゼルス映画祭)招待作品
作品とのかかわり
プロデューサーの松本(僕)、監督の横山、製作の手嶋の三名は飯塚市立幸袋中学校出身の同窓生で、現場に何十人もいるスタッフたちの中で、僕ら3人が筑豊弁丸出しの大きな声で話をしていると、『疎外されているような気分になる』と、実質的な現場をしきるプロデューサーの呉徳寿(映画『在日50年史』の監督)は言った。
映画『純』は、監督・横山博人の第1回作品であり、自身の企画であり、紛れもなく横山作品であったが、友人であり製作の手嶋茂喜の存在が無かったらこの作品も存在しなかったはずだと僕は思っている。
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『モーニングムーンは粗雑に」
1981年 アミューズ・シネマ・シティー 配給:スーパーハリウッド
監督:渡辺正憲 製作:大里洋吉 プロデューサー:松本廣 脚本:小林竜雄 企画+音楽監督:桑田圭祐音楽:八木正生・サザンオールスターズ
出演:斎藤淳之介・高樹澪・范文雀・新井康弘・岸田森・大橋吾郎・うえだ峻・古谷一行・高橋洋子・渡瀬恒彦
作品とのかかわり
『純』という映画を作った後、僕はグループ71を辞めて、赤坂に小さいながら『バム』という事務所を作ってさあこれからというときに、映画をいっしょにやらないかという話を友人でありマネージャー仲間の渡辺正憲が持ってきた。
渡辺企画出身で、ショーケンや大原麗子さんや沢田研二の映画なんかをマネージメントしていた渡辺は『ちびなべ』というあだ名で、渡辺プロの中でも相当の変わり者で通っていた。
映画の内容を聞くと『横浜を舞台に、若い男女がはじめて知り合って別れるまでの24時間の、ボーイミーツガールをやりたい』とのこと。渡辺らしく面白いなと思ったが製作費が考えられないくらいに安く、こちらは忙しく、脚本の小林竜雄君とプロデューサーの岸本一男君を紹介してやっった。すると終わりと思っていたところに、『アミューズの大里さんがマッチャンに会いたいといっている」と渡辺・小林・岸本がそろってやってきた。
当時代官山にあったアミューズではじめて一つ年上の大里さんに会った。
「これからは映像産業が重要だ。映像と音楽のかかわりがますます高まる。映像の頂点に立つ映画を作ることから、映像と音楽のジョイントを進めていきたい。作った映画は、古い慣習の中で成立している既成の配給会社や劇場ではなく、全国に存在するライブスポットで公開したらどうかと思う。配給は、若いイベンターたちにやらせる。」
話を聞いた僕がささやかな条件を出すと、大里さんはその場で飲んだ。僕は、『バム』をほったらかさざるを得ない状況に追いこまれた。
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『パンツの穴』
1984年 アジャックス+ジョイパックフィルム(現ヒューマックスピクチャーズ)
監督:鈴木則文 製作:松本廣・林瑞峰 プロデューサー:榎本靖 脚本:中本博道・茜ちゃん(ペンネーム) 音楽:惣領泰則
撮影:出先哲也 録音:本田孜 照明:伊藤裕二 美術:細石照美 編集:菅野善雄 助監督:丸久夫
製作主任:高梁文雄 アソシエート・プロデューサー飯島茂
出演:山本陽一・菊池桃子・ハナ肇・春川ますみ・井川比佐志・服部まこ・マリアン・武田鉄矢(UFO)
作品とのかかわり
「何、パンツの穴? そりゃポルノね」と人に言われながら、僕は映画界に足を踏み入れて以来培ってきたものを総動員し、僕の全精力を傾けて作った映画です。「松本が、おたふくみたいな女の子(菊池桃子のこと)を主役にして勝手をしている」とかも言われながら。
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『熱海殺人事件』
1986年 フジテレビ+仕事+ジョイパックフイルム 製作協力:パインウッド
原作・脚本:つかこうへい 監督:高橋和男 製作指揮:日枝久 製作:林瑞峰・佐藤正之・角谷優
プロデューサー:松本廣・松木征二・酒井彰 製作コーディネーター:石川勇美雄 プロデューサー補:飯島茂
キャスティングディレクター:伊藤瑛 宣伝プロデューサー:新田道昭 撮影::田村正毅 音楽:久石譲
美術:小川冨美夫 録音:本田孜 照明:高屋斎 編集:諏訪三千男 助監督:佐藤雅道 製作担当:服部紹男
出演:仲代達矢・風間杜夫・志穂美悦子・竹田高利・大滝秀治・隆大介・岡本舞・高橋悦史・高橋かおり・江藤潤
作品とのかかわり
この作品を作るために作ったのが株式会社パインウッドだった。僕が代表で、はじめて大きな原作を得てというより、つかさんの青春の記念碑ともいえる作品を自分の手で映画化できる状況を得て、大きな満足感を持ちながら製作にあたった。
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『やるときゃやるぜ!』
1987年 パインウッド
監督:山名兌二 製作:松本廣 プロデューサー:飯島茂・渡辺正憲 脚本:石塚道雄・山名兌二・上條茜
音楽監督:渡辺博也 音楽プロデューサー:山本久 撮影:篠田昇 美術:細石照美 照明:高屋斎 録音:本田孜・矢野勝久 編集:菅野善雄 俳優担当:岩間多佳子 助監督:福岡芳穂 製作担当:小宮慎司
出演:石黒賢・高樹沙耶・セイントフォー・石丸謙二郎・野崎海太郎・バブルガムブラザーズ・小松方正(特別出演)・左右田一平・井川比佐志
作品とのかかわり
パインウッドの単独作品になった映画で、大変苦労して作った。毎日がお金づくりで、現場には数えるほどしか顔を出していない。山名兌二監督とは、スペクトラムというグループの解散コンサート(武道館)を16ミリフィルムで撮るとき、カメラマンの高田昭氏に紹介されて一緒に仕事をしたのがはじめてだった。
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『恋はいつもアマンドピンク』
1988年 C・C・J(シネマ・クリエーティブ・ジャパン) 製作協力:パインウッド
監督:横山博人 製作:中村賢一 プロデューサー:松本廣 原作:赤星たみこ 脚本:宮下準一・三村渉 プロデューサー補:飯島茂 音楽:堀井勝美 撮影:長田勇市 照明:長田達也 美術:小澤秀高 録音:本田孜 編集:吉岡聡 助監督:藤嘉行 製作担当:小宮慎司
出演:樋口可南子・川野太郎・秋本奈緒美・岡本麗・村田雄二・ケーシー高峰・梅宮辰夫・川崎敬三
作品とのかかわり
松竹恒例の『寅さんシリーズ』正月作品の直後にかかる映画で、ホンを書き始めてから二ヶ月後が封切りという条件を背負わされた作品だった。そこに至るまでの事実経過を連ねて書いても、この頃(今も変わらない)の日本映画界の裏の事情がわかって興味深いが、それは一般の人やお客さんには別世界の話しだろう。
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『満月のくちづけ』
1988年 アミューズ・シネマ・シティ+アミューズ・アメリカ 製作協力:パインウッド 配給:東宝
監督:金田龍 製作総指揮:三宅裕司 製作:大里洋吉・山本久・出口孝臣・内藤栄一 脚本:福士俊哉・金田龍 企画:渡辺正憲 スーパー・バイザー:津島秀明 プロデューサー:渡辺正憲・飯島茂 音楽:小六禮次郎 撮影:斎藤正広 照明:石垣悟 美術:丸尾知行 録音:深田晃 編集:菊地純一 監督補:米沢昭宣 助監督:森谷晁育 進行主任:市山隆治
出演:深津理絵・寺脇康文・小倉久寛・三宅裕司
作品とのかかわり
アミューズ創立10周年の作品であり、実質的な製作会社の社長としてこの作品に関わった。東映教育映画の助監督をやっていた金田龍を、友人の渡辺正憲プロデューサーが監督に抜擢したもので、アミューズの企画に協力していた僕が企画として立ち上げた作品。
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『愛・昧・Me』
1990年 横山博人プロダクション+ワニブックス
監督:佐藤闘介 製作:手嶋茂喜 企画:松本廣・横内正昭 プロデューサー:榎本靖・飯島茂 脚本:伊藤尚子 撮影:榊原勝巳 照明:磯貝幸男 録音:本田孜 編集:浦岡敬一 音楽プロデューサー:星野東三男 音楽:山崎ハコ・森一美
出演:裕木奈江・早川亮・森川美沙緒・森尾由美・坂口良子・尾美としのり・ウィンク・江藤潤・佐藤允・榎木孝明
作品とのかかわり
友人の横山博人監督がプロデューサーに回り、日本映画学校の教え子であり16ミリ作品の『バナナシュート裁判』を監督した佐藤闘介を監督に抜擢して、故郷の筑豊・飯塚を拠点として撮影した作品である。タイトル上は企画で関わっている僕は、準備中に一度飯塚の街を訪れただけで、ずっと東京にいて撮影の現場には一度も出てない。この映画を作っている頃、レンタルビデオ用(一応劇場上映はする)の低予算の作品を横浜で作らせていたが、あわせてローバジェットの映画作りの方法を模索しているときだった。
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『雪のコンチェルト』
1991年 バンダイ 製作協力;パインウッド 配給:松竹
監督:松本廣 製作:早川忠継 プロデューサー:鵜之沢伸・飯島茂・佐藤雅道 脚本:松本廣・藤島道夫 音楽監督:松原正樹 撮影:榊原勝巳 照明:磯貝幸男 美術:尾関龍生 録音:福岡修 編集:菊地純一 製作担当:近藤恒彦
出演:風間トオル・藤野明美・亜仁丸レスリー・速水典子・裕木奈江・おりも正夫・南田洋子・石田純一
作品とのかかわり
全編雪山の撮影だったが絶好のスキー日和に恵まれて、撮影は順調に進んだ。僕の狙いは、いつも吹雪いたようなどんよりした空の雪国の絵だったが、外での撮影のときは初日からいつも真っ青な空で晴れ渡っていた。『監督・脚本・社長』の三役を担った映画づくりだったが、ある意味で最もよくないケースでの映画づくりになってしまったといえる。監督であることよりもプロデューサーであることのほうが慣れているし、撮影の現場のいたるところで零細プロダクションの社長の顔が出た。
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『スーパー・ハイスクール・ギャング』
1995年 松本廣事務所
監督:佐藤雅道 製作総指揮:松本廣 原作:森脇道 脚本:小泉英司 企画:手嶋茂喜・阿久根知昭・横内正昭 プロデューサー:榎本靖・増永研一・飯島茂・ 企画協力:宮崎篤・松本綾子・松本幸子 音楽・音楽プロデューサー:江島克彦 マイクロライトプレーン監修:宮崎一也 撮影:大岡新一 照明:高野和男 録音:福岡修 美術:神原哲哉 編集:菅野善雄 助監督:横山浩幸 製作担当:原口龍二 俳優担当:河村英志
出演:池末誠・古賀文絵・高市直亮・益田千次・近藤圭史・衛籐愛・小森順二・鳥越マリ・重田尚彦・風間舞子・安田栗之助・木村康冶・藤田弓子・天本英世
作品とのかかわり
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