| ★僕のDNAに刻まれた筑豊の気質や人物像 |
もし親に感謝するとすれば、 よく僕を筑豊というところで生んでくれたということです。 もう30年以上映画づくりに関わってきたが、 いつも僕を支えてくれたのは筑豊というところだった。 全精力を傾けて作った企画書を持ってプレゼンテーションに出かけるとき、 僕はいつも”俺は川筋の男だ”と自分に言い聞かせた。 そうでもしないと、足元がふらふらして、 何処かに吹き飛ばされてしまいそうだったからだ。 そして、筑豊が生んだ『スカブラ』という人物像が僕の人生を豊かにしてくれた。 |
![]() 筑豊の夜明け by Akira Nakayama |
| ★川筋気質 |
井戸端会議で生まれた川筋気質 筑豊の風土と人情を象徴する「川筋気質」という気質は、キビキビし、ぐだぐだ言わず、竹を割ったような性格を好み、宵越しの金を持つのは男の恥とする。 遠賀川流域に暮らす人々が「喧嘩・博打・酒を川筋に咲く三つの花」という川筋船頭に一線を引いて、「川筋のモン(者)」という言い方から発展して川筋気質になったといわれている。また川筋気質のほうが多少泥臭いが見栄っ張りなところなど、「火事と喧嘩は江戸の花」という江戸っ子気質と似ているところが多い。 九州の片田舎が天下の江戸と比べるのもおこがましいが、筑豊も江戸の下町も地方から人が集まったところで、両者に共通するのは共同生活を営む長屋文化があったことだ。長屋があるところ共同炊事場ありで、女性たちの井戸端会議が催され、世の男たちの品評が始まるのは自然の成り行きだった。女性たちの目は厳しく、男たちは丸裸にされ、鋭い舌鋒で解剖され、けなされ、男の品定めが行われ、彼女たちの間で男はますます磨かれていった。 ![]() その結果、女性たちは家の「宿六」に向かって、「あんた、男やろうが何をしよるとね。キンタマ付けとるとやろうが、シャンシャンせんね」とハッパをかけることになり、ハッパをかけられた男たちは、恐い母ちゃんの顔色をうかがいながらせいぜい気張ることになった。 刺青をほどこし、義理と人情を重んじ、女房を質に入れても人におごったりする川筋の男たちの気質は、実は女性たちの願望によって形成されていったのではなかろうか。 「女房を質にいれても人にご馳走する」という美徳(?)も、実は女性の考え方に沿ったものであった。宿六の友人が訪ねてきたとき、貧乏所帯で切り盛りしている女房は、自分の着物を質に入れ無理してでもご馳走した。そして、「あんた、大事な友達やろうが、女房を質に入れてもご馳走するとが男やないね」としがない宿六にハッパをかけた。こうして川筋気質は、女性たちの考え方に沿って形成されていった。 川筋気質は女性にこそふさわしい 川筋気質は「川筋女」にこそふさわしい。炭鉱の女性は本当に強かった。彼女たちが強いのは、真っ暗な坑内で男たちと同じように働いたということもあるが、自分の裁量でお金を自由に動かせたからだと思われる。家内業の農家や商家の女性たちと違って、炭鉱の女性たちは会社から直接給金をもらっていた。当時の筑豊の女性がいかに強かったかは、女性が外で働くようになった現代、どんどん強くなっている女性の姿に容易に見て取れるはずだ。 「俺は川筋の者だ」という言い方は、普通しない。よほどの尋常でない事態か、相当な人物でないと、なかなか言えるものではない。また、軽々しく口にする者は、チンピラが強がっているようなもので馬鹿にされるだけだ。 「あんた川筋のモンやろうが、シャンシャンせんね」と女性の言葉で言われるのが普通である。あるいは、「あたし川筋の女バイ。何か文句あるとね」と使われてもよい。昔なら、「あんた川筋の男やねえ」と女性から言われたら、男にとって最高の誉め言葉であり、求愛の言葉でもあった。『筑豊原色図鑑』より |
| ★スカブラ |
笑いと遊びの達人 石炭というキーワードで結ばれた筑豊は、この地域の気質を象徴する「川筋気質」とともに「スカブラ」という魅力的な人物像を誕生させている。 かつて、津軽が生んだ暗黒舞踏家の土方巽は、自分の踊りを津軽の農民の気持ちに例えた。 「津軽の百姓の仕事は辛い。辛くて辛くて、冷たいヤマセがひゅうひゅう吹いて、あんまり辛くてついには笑ってしまうよ」 歴史学者ヨハン・ホジンガーは人間を「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」と位置付けたが、スカブラは筑豊の過酷な状況が生んだ笑いと遊びの達人であった。 筑豊ではある種の男を指して、「スカブラ」とか「スカチャン」という言い方をすることがある。 勉強しないで山や川で遊んでばかりいる子供や、仕事はそっちのけで山芋掘りや川ガニ獲りにうつつをぬかす男がスカブラであり、「スカブラモン」とも言う。 ![]() 山芋掘りや魚獲りの名人である「スカブラモン」は、多くの場合マタギのように自然に通じ、料理の腕は玄人はだしだったりするが、スカブラは自分の好む状況を確保するために限りない情熱を注ぐ。 その情熱を勉強や仕事に注いだら大した男になると周囲は思うが、スカブラは自分が好きなことややりたいことにしか興味はなく、その生き方が型にはまらない独自の目を育み、街や人や会社を面白おかしく表現することになり、暗い地底で働く人々の心を解放した。 このようなことから、スカブラという言い方の根底には憎めないものに対する愛情があり、本当にどうしようもないダメな者や嫌いな者に対してはスカブラとは言わなかったが、最近では単に仕事をサボってブラブラしている者に対して使われているのが残念だ。 時そのものと化した男 スカブラの語源は、「仕事がスカんでブラブラしている」からだという語呂あわせのようなものから、クジでいうところのハズレの「スカ」で、無能なくせにブラブラしている馬鹿な奴という悪意に満ちたものまであるが、共通するのは皆ブラブラしていることである。 故上野英信氏は、自著『地の底の笑い話』(径書房刊 上野英信集『奈落の星雲』所集)のなかでスカブラという人物像に迫り、「スカッ」としてブラブラしているから「スカッブラ」で、それが「スカブラ」になったという説を支持し、スカブラがスカブラたる主要条件をまずスカッとしていることだとしている。さらに、会話が巧みで、頓智・狡知に富み、明るく楽天的な性格であることだとし、そしていざというときには仲間のために命を張って活躍するのがスカブラであり、普段は寝てばかりいる「三年寝太郎」や酒ばかり飲んでいる西部劇の英雄「ドク・ホリデー」などのヒーローと比較しながら、「地獄の柱時計となってみずからを時そのものと化した男」としてスカブラを評価している。 スカブラは何処にでもいる。だから、筑豊が生んだスカブラという人物像は世界に通用する。 『筑豊原色図鑑』(松本廣責任編集)より ![]() 『筑豊原色図鑑』 |
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